大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 昭和25年(う)1209号 判決

被告人

村井知勝

主文

本件控訴は之を棄却する。

理由

弁護人平岩忠次郎提出の控訴趣意の要旨は、

原審において検察官は当初窃盜罪として起訴した本件を横領罪として訴因の変更を為したのであるが、原審裁判所は之に対し管轄違の判決を言渡したのは左の理由に依り法律の適用を誤つた違法がある。

一、窃盜と横領とは公訴事実の同一性を害する。

二、本件の場合に於て直ちに管轄違の判決ができるものとすると刑事訴訟法第三百十二條第四項の規定は無意味となつてくる。

というにあり、検事は控訴理由なしとして棄却を求めた。依つて按ずるに、

(イ)  刑事訴訟法第三百十二條に所謂公訴事実の同一性とは、犯罪事実の同一性の意味であつて、換言すれば犯罪の日時場所、手段、被害法益等に於て一個の事実として認定し得る範囲を指称するに外ならない。故に起訴の事実と変更請求の事実とは必ずしも厳格に同一なることを要するものではなく、常識上一個の事実と認め得る範囲ならば同一性を害しないものといわなければならない。之を本件に就いて看るに起訴の事実は「被告人は昭和二十五年一月五日頃、稲葉郡鵜沼町三つ池竹山栄一方に於て、同人管理杉山芳吉所有の黒色短靴一足を窃取したものである」というにあつて、変更請求の事実は「被告人は昭和二十五年一月五日頃稲葉郡鵜沼町三つ池竹山栄一方に於て同人管理杉山芳吉所有の黒色短靴一足を預り保管中その頃擅に入質横領したるものである」というにあるから彼此対比するに、犯罪の日時、場所、被害法益等全く同一であつて、その異なるところは犯罪の手段即ち窃盜と横領の差異あるのみである。故に此点に就て更に審究するに、犯罪の手段は犯罪構成要件中極めて枢要な点であつて、この相違は直ちに罪種を異にし、延いては罰條の相違を来すことがあるから一見犯罪事実の同一性を害するようであるが、翻つて考えるに犯罪の日時、場所、被害法益等に於て一致する場合は、その手段の相違は同一事実に対する一部の錯誤と解せられる場合もあり、本件は正にその場合に当るものと解せられるから全々別個の事実では無く、従つて犯罪事実の同一性を害しないものといわなければならない。

(ロ)  次に訴因の変更に依り被告人に実質的な不利益を生ずる虞れある場合に就いて考察するに、該変更に因り重い罰條が適用せられる場合とか又は従来争点とならなかつた点が新に争点となる場合等被告人に充分な防禦方法を講ぜしめずして直ちに判決を為すことが被告人の基本的人権を害すると認め得られる場合を指称するの謂であるから、訴因の変更に因り管轄違を生じ、為に公訴を却下する場合は被告人に実質的な不利益を生じないから直ちに判決を為すも可なりというべく、此問題を捉えて犯罪事実の同一性に論及する弁護人の見解は之を採用しない。要之原審は検察官の訴因の変更に因り、横領事件に対する事物の管轄権なしとして管轄違の判決を言渡したのは寔に適法であつて論旨は総て理由が無い。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例